自著の哲学的エッセイ本から適当に抜粋
この世界はエネルギー体でそのエネルギーの一部を感じた動物は、それが正しいのか悪いのか善悪を判断するために思考する。
思考した結果理想が形成され、それを実現させるために行動に移そうとする。
その「理想を実現させるために行動に移そうとする」という部分を欲望と言うわけだ。
そしてエネルギーに何かを動かそうとする欲があると考えられる。
意識はなく機械的に動いているだけなのに欲があるといえるだろうか。
欲の境界線はどこにあるのか。
アンドロイドやAIが誕生した時、それは機械であり欲望はないと言えない。
どこかで境界線を引いて欲があるとしないといけなくなる。
エネルギーとは源である。では源とは何かというふうに、エネルギーとはなにかをわかっても、それを構成する新たなものがまた出てきて、それを構成するまた新たなものがでてくる。それを無限に繰り返すことになる。どこまで行っても何かはわからないかもしれない。
時間や空間という物質が動くにはエネルギーという物質が必要であり、
エネルギーによって空間は生じ時間は進み動き出す。
ではエネルギーと時間どちらが先だろうか。エネルギーがないと時間は動かないのならエネルギーが先である。
時間を形成させるにはエネルギーが必要なはずである。ある一瞬で時間という構造体が出現するとは考えられない。
一瞬で構造体が出現できる拡張された世界が実態であった場合や、空間や時間というものが実はエネルギーの一種であったとすると難しくなってくる。
欲の定義の境界線がおかしいが、そういう考え方をしてみるという思考実験の一種である。
AIやロボットの欲とはどこからどこまでなのか。
生命体の方向性を欲というのかもしれない。
そもそもエネルギーとは何なのか。
そしてエネルギーを動かすものとは何なのか。
そしてそれが生命体ならどんな欲なのか。
エネルギーは何かを動かすのだが、それが欲だとするとエネルギーに欲があると考えられる。
ということである。
アニミズムや物霊などの概念がある。
全ての粒子や物質が生命体ならエネルギーにも欲があるかもしれない。
そもそもエネルギーの定義もおかしいかもしれない。