higajou cafe

いらっしゃいませ。

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知ると感じるの哲学的問題で混乱中

感じる=知る事としてるのだが、いまいちよくわかっていない。
"感じる"は受動的であって、"知らされている"のかもしれない。
感じるだけで知るという"行為"をしていないように思うのだ。
しかし感じた後には感じを知るという事になる
まあ同じことだとは思うがレセプターとか考えると厳密には違うと思う。
感じるだけで知ろうとしない事もあるだろう。しかしそれは感じていないのと同じではないだろうか。
感じだけで行動する場合、知るという行為を伴わないとする。
感覚的に反射的に体が動くというようなものだ。
そこに知性が伴い知るという行為が伴うと感じてから考えるという段階が生まれるのだ。
しかし感じを感じる時に知る事になるじゃないかと思うのだが…
反射的に動くというのがあるので…いや潜在意識が知るという行為をしている可能性がある
ちょっと混乱してよくわからない。
無意識に反射的に動くという事ならその反射を起こした精神はどれだろうか
精神は存在していなくて物理的に反射的に動いているのだろうか



追記
感じていても認知できない場合がある
顕在意識にも潜在意識にも認知レベルや知的レベルが有って、そのレベルによって感じた後に知るか知らないかが決まる
だから何か感じたとしても必ず知るとは限らないのだ。
しかし強制的に感じさせて知ってしまうように人間を改造されたらどうだろうか。
構造次第で変わってくる。

追記
感じるという事は知ることも同時に起きている。
感じるだけというのは感じを知ることになるけれど知ろうとはしない、つまり受容的なだけということかもしれない。
そして知る事になるか知らない事になるかは認知レベルによって決まる

しかし感じるという感性と知るという知性に分けたのは何故だろうか。
知性の方が頭が良いイメージがある。感性はアートやスポーツなどで上を行く。
感性だけや知性だけであっても右脳と左脳両方使ってる可能性があるので結局感性だけであっても感覚を知るということがあるので感性でも知性があるのかもしれない。

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