シュレーディンガーの猫とランダムについて

箱の中に猫が入っていて、猫が生きている確率は50%、死んでいる確率も50%。
箱を開けるまでどっちかわからないので生きている状態と死んでいる状態が重なっているというのがシュレーディンガーの猫というものである。
私は決定論派アインシュタイン神はサイコロを振らない派なので、確率というものはわからないとか知らないというところからくるものだと思っている。
物理的にこうなっていてこうなっているから猫は死んでいる又は生きているとどっちかいえるはずだと思う。

この世界には完璧なランダムは存在していなくて、複雑化しすぎてランダムに見えているだけだと思うのだ。
コンピューターの世界でも完璧なランダムは作れない。
この世界がマトリックスのようなシミュレーテッドリアリティーで、コンピューターの中の世界なら完璧なランダムは存在しない。
この世界の構造を理解していないからどうなるかわからないので確率が生まれるのである。

どうなるかわからないなんて問題だろう。制御不可能になってまともに量子コンピューターも動かせなくなる。
将来確率を制御できるようになった場合、結局はどうなるかわかったので確率ではなくなる。

この世界は構造体であり、構造があり動いており、その構造を知ることで計算ができるし制御ができる。
構造のないものは動かないし存在もしないのである。
構造のあるものは絶対に仕組みがあり、その仕組を理解する事ができるし、全て理解すれば確率はなくなる。
不完全な理解が確率を生じさせているのだ。

しかし完璧にこの世界の事を知らないのにそんなことは断言できない。重ね合わせもそうだ。
この世界の構造が超越的なものであった場合は重ね合わせも存在するかもしれない。
我々に自由意志はあるのか。
こちらもわかりやすいので参照すると良い。
我々は潜在意識などに支配されており自由ではないという事と、
この世界は構造体であるから構造の通り動くため自由ではない(構造に従ってしまう)という事だ。